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昨日、八王子の駅ビル内の書店で殺人事件が起きましたが、容疑者は“ムシャクシャしたから、誰でもいいから殺したかった”みたいな事を抜かしているようですね。まただよ。
ホント、最近こういう事件が多くてムカムカしますね。例の秋葉原の一件以来、このテの事件が毎週ペースで起きているように思えるんですけど。

こういうキチガイ(←こういう時に使うのなら問題ないはず)連中に一度聞いてみたいんだけど、実際に誰かを殺してみて悩みが解消されたのか?と。
そんなに人が殺したいなら、特に中東あたりに行って、いわゆる自由の闘士にでもなればやりたい放題ですよ? 

こういう事件が起きると、ニュースやワイドショーは犯人の人物像に探りを入れる。その際には必ずと言っていいほど(笑)、ゲーム・マンガ・アニメ等に興味を持っていた事が明らかになり、短絡的なコメンテーターは強引にそれらを結びつけたがる。
以前は俺ッチも、そんな排他的なコメンテーターの放言に憤りを感じていましたが、最近は反論しないどころか、肯定的にすら思えます。
なにしろ近年では、アニメ・ゲーム等の2次元系作品or実写作品を問わず、死=殺傷行為を扱う作品が多すぎます。死を描く事で、命の尊さを痛感させようと計算している作品がどれだけあるでしょう? そして、人が死ぬくらいのインパクトがなければ揺るがないほどに、人間の心(感受性)は鈍化してしまったんでしょうか?

例えば猟奇殺人事件を描いた作品であれば、何の理由もなく(本当は何かしら理由はあるんでしょうが)誰かが殺される理不尽さや、犯人の異常心理に恐怖するというのが一般的な観点。
けど、近年の作品には、本来なら異常者として扱われるはずの犯人がヒロイックに描かれるものが多い、すなわち犯人の罪を忘れさせてしまう傾向がある。困った事に、年端も行かない子供ならまだしも、大人までコレに感化されてしまうんだから情けない。
こんなバカ共のレベルに合わせて映像作品に規制がかかる=つまらなくなるなんてイヤじゃないですか!

近年の無差別殺人犯の、犯行に及んだ事情に多少は同情できたとしても、殺人という凶行に走った事については情状酌量の余地すらない。
どこまで人権を尊重しているのか、死刑廃止を声高に叫ぶ連中もいるが、ハッキリ言って、このテの独善的な理由で犯行に及ぶキチガイには人権なんてないから。人権とは文字通り人の権利であって、こんな非道な連中を人間と呼ぶ事自体、吐き気を催します。
被害者に冷たく加害者に優しい日本……イヤなものですね、本当に。
2008.07.23 Wed l 怒る! l COM(0) TB(0) l top ▲

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